■2006/10/15 第39回

  オルグの現場から D
     沖縄から来た派遣労働者

 今回から五回にわたって、三多摩を中心に東京労連の専任オルグとして活動されている、関口幸雄さんに担当していただきます。

 昨年五月、六ヶ月契約の派遣で沖縄から働きに来たNさん(三三歳)、JMIUのビラをみて「労災を会社が認めてくれない。何とかならないか」と。彼は昨春に父親を亡し、祖母と母親(入院中)の面倒をみなければならず、大手派遣業F社の説明で「二四万円は月に稼げ、二〇万円は親元に仕送りができる」という計画で上京したとのことでした◆派遣先自動車部品会社で溶接の仕事に就かされ、一ヶ月も経たないうちに溶接で角膜に傷を付けるケガを負い、そのうえ、腱鞘炎にかかり腕が思うように動かなくなってしまい、医者の診断で休業していました。診察した医者は「又S社か」と、今までも何人も治療してきたとのことでした◆派遣元の現地所長は「労災申請をしたら私の首がとんでしまう。掛かったお金は私が支払うからガマンしてくれ」と。そのため、Nさんの六月分の給料は手取りで七万円、七月は休んだ為、わずか五七七円。本土で働き、親元に送金する計画は完全に破綻してしまったのです。即組合に加入して貰い、会社と交渉した結果、二件とも労災認定休業補償給付を勝ち取ることができました◆しかし、労災で体を壊し、泣く泣く辞めていく人は多く、派遣社員は部品のごとく使い捨て。沖縄に帰ったNさんは今、時給八〇〇円で二つの仕事を掛け持ちしながら二人の面倒をみているそうです。そして派遣は二度とやりたくないと。

                     (東京労連専任オルグ 関口幸雄)