◆第188話(XI) 2018/12/15


日野宿

都内に唯一残る本陣

  今回は日本橋より10里(約39q)、甲州街道5番宿である日野宿をご紹介。
 日野は江戸時代以前は北条氏の支配下。屋敷割が行われ、田んぼに水を引く用水も造営、多摩の米蔵とも呼ばれました。
 江戸時代の慶長10年(1605)年、日野宿が開設。府中と横山(八王子)宿に挟まれた、決して大きな宿場ではなかったものの、多摩川の渡し場を管理・運営するなど重要拠点でした。
 宿場の街並みは街道両側に沿った東西9町(約1q)余り。東から下宿・中宿・上宿に分かれており、中宿に本陣・脇本陣。本陣の向かいには荷物の継ぎ立てを行う問屋場、街道中央には高札場が。江戸時代後期には旅籠20軒の他、質屋、瀬戸物屋、居酒屋など約430の家数があり、2千人弱が住んでいたようです。
 日野は新選組と深い関わりも。土方歳三が日野出身なのは有名ですが、脇本陣の主人・佐藤彦五郎(奥さんが土方の姉)が敷地内の道場を解放。新選組の面々が稽古を行い、財政的な援助もしたようです。

<過去のおはなし>