◆第70話 2009/02/15

         武蔵国 国衙(むさしのくに こくが)

武蔵国 国衙
 

六世紀中頃には、仏教が伝来し、七世紀には古墳も終末期を迎えました。

六世紀末から七世紀初頭にかけて飛鳥寺や法隆寺の建立がなされ、時代は律令制度に向かいます。日本という名が使われ始めたのもこの時期です。

国の統治機構として国―郡―里の行政区画が作られます。武蔵国(東京都、埼玉県、神奈川県の一部)の国府が置かれたのが現在の府中市です。

国府の役所が国衙ですが、府中でも国衙の位置が明らかになったのは一九七六年の第七次調査で大国魂神社わきの京所(きょうず)地区とされ、武蔵国国衙跡(写真)として復元されています。

武蔵国関連遺跡は東西六・五km、南北最大一・八km、面積五・五五kuと広大な地域です。調査は一九五四年から五〇年の長きに及んでいます。また、国府の北方には、武蔵国分寺跡関連遺跡が広がっています。

遺物は、「府中市郷土の森博物館」で見ることができます。国衙へは京王線府中駅下車大国魂神社わきでのぼりが林立していますのですぐ分かります。

(東京地評 永瀬 登)