◆第42話 2006/10/15

        下り酒

樽廻船でにぎわった日本橋川
  「酒は百薬の長」などと言うが、はたしてどうか。
江戸の人は、よく酒を飲んだ。杉浦日向子氏によると、人口の半分を酒飲みとして、1人が1年で約七斗の上方からの「下り酒」を飲んだうえ、関東の地酒、焼酎を1斗5升も平らげたという。

1人あたり一週間で1升びん2本近くになる。
毎年11月頃になると、日本橋川の湊橋あたりは灘や伏見から上質な酒を積み、海を越えて到着する樽廻船でごったがえした。

富士山を横目で見ながら船にゆられて来ることから「富士見酒」とも言う。

「酒は富士見酒にかぎる」というのが江戸の常識。関西のものを「下り酒」と呼んだことから、関東の酒は、「下らぬ酒」。「くだらぬもの」なる言葉のルーツである。

さて、今の湊橋あたりはどうかと行って見た。

もうすぐ先が隅田川というところに湊橋がある。殺風景なビルが河岸に並んでいた。


(元全信労芝信従組 福田克己)