◆第27話 2005/07/15

         桜田門外の変

井伊直弼はここで襲われた
 三宅坂から桜田門方向へ降りてくる道を、かつてサイカチ河岸と呼んだ。

 国会前の彦根藩邸から、安政6年3月3日(現在の暦では3月24日)の季節はずれの大雪の朝、サイカチ河岸にそって大老井伊直弼が登城した。

 行列が警視庁前に達した頃、水戸浪士らが襲撃。世に言う「桜田門外の変」である。

 話は6年前のペリー来航にさかのぼる。黒船が浦賀に姿を現した。「開国か、江戸砲撃か」。ペリーの要求態度はギャングのそれであった。今と変わるところはない。

 泰平のねむりをさますじ ょうきせん たった四は いで 夜も寝られず
力づくで不平等条約を押しつけられた幕府への反発の中で、「尊皇、攘夷」の機運が日本中に広がる。

 時の大老井伊直弼は、これに大弾圧で応えた。「安政の大獄」である。こうして桜田門外の襲撃の火ダネが生まれ、以後、倒幕の炎が燃えさかっていった。

                            (全信労芝信従組 福田克巳)