◆第26話 2005/06/15

         蛮 社 の 獄

崋山誕生の地の立札があった
  「蛮社(南蛮学派)の獄」と呼ばれる弾圧事件は1839年(天保10年)に起こされた。明治と年号が変わるまで、わずか30年。ロシアやイギリス船の到来と通商要求、西洋知識の流入、各地に続く一揆…。幕政は大きく揺れた。

 三河国田原藩家老渡辺崋山、町医者高野長英、幕臣江川太郎左衛門ら「尚歯会(蛮社とも呼ばれた)」の蘭学派メンバーは、日本が鎖国を続ければ、やがて植民地化の事態を招くと警鐘を鳴らしていた。

 これが「犯罪」として弾圧された。
 「あの一件は越前(水野忠邦)はさほど乗り気でなかったが、鳥居(注・甲斐守耀蔵)が強引にすすめたものでな。おのれの蘭学嫌いを押し通すために、越前を偽る上書までしておる。いかんことだ」(藤沢周平『よろずや平四郎活人剣』)

 渡辺崋山は、現在の最高裁判所の地にあった田原藩邸で生まれた。藩主三宅氏に因み「三宅坂」の名が残っている。
                            (全信労芝信従組 福田克巳)