◆第14話2004/06/15  中野犬屋敷

  「生類憐れみの令」という稀代の悪法を発した五代将軍綱吉だが、湯島聖堂に「昌平坂学問所」(後に東京帝国大学につながる)を設けて学問・教育に力を注いだ一事を見ても、俗にいう「バカ殿」ではない。

 「世継ぎがないのは前世の殺生の報いだから、生類を憐むべし」などという隆光僧正の作り話に耳を貸したのが、いけなかった。

 「犬猫憐れみの令」、牛馬も、魚介も…と次つぎに「憐れみの令」を発し、違反者への罰もエスカレート。

 違反者は投獄、遠島、さらには死罪者もと、極端な政治が「花の元禄」期を暴走した。「上様の前で、頬に止った蚊を殺した小姓が切腹」の例もある。法令廃止時に釈放された者、8千名というから、すごい。

 幕府は中野、大久保に野犬収容の小屋を作り、とくに中野の「お囲い御用屋敷」は30万坪もあって、後に「中野区囲町」の旧町名が生まれたほどだ。最盛期の犬の数、10万頭ともいう。
                              (全信労芝信従組 福田克巳)