◆第7話2003/11/15  「芝・愛宕神社」

 石段を八六段、たったの二六メートル登ったことで後世に名を残した男がいる。

 四国丸亀藩、曲垣(まがき)平九郎の話だろう、と大方の人は察しがつくにちがいない。
 寛永一一年(一六三四)、将軍家光の前で馬にまたがった平九郎は、芝・愛宕神社の石段(男坂)を上り、神社に咲く白梅を手折って家光に差し出したことで、「馬の名手」の名をほしいままにした。

 どんな石段かね?と神社を訪れた私も、頭をぐんと後ろにそらして見上げるほどの急傾斜を見て、納得させられた。岡部や武でも息をのむのではないか、と。

 愛宕神社は家康が江戸の防災防火を願って建てたもので、エピソードは豊かである。幕末、「桜田門外の変」をおこした水戸浪士たちは、ここに終結して出発したし、江戸を戦火から守るために、勝海舟が西郷隆盛を山上に招いて説得したという話も伝わる。

 境内は、今も深い樹木に囲まれて、静かである。

                             (全信労芝信従組 福田克巳)