◆第4話     「浅草御蔵」

 隅田川にかかる蔵前橋から、西岸に目をやると、石垣もようが画かれた壁が見える。
 ここは、もと江戸幕府の下級旗本に給料を現物支給するために全国から運んだ米を蓄えた米蔵―浅草御蔵があった所である。
 米は、春、夏、冬の三回にわけて支給されたが、下級旗本がいちいち米俵を運んで帰ったわけではない。
 浅草御蔵の前には、米を現金に替えたり、米を抵当にとってサラリーの前借りを引受けたりして手数料をかせいだ札差商人が店をかまえていた。「蔵前」の名の起こりである。
 米俵に「○○様」と書いた名札をグサッと差し込んだためにこれら商人を「札差」と呼んだようだ。
 札差は富裕者の代名詞となり、夜の吉原などでの話は数かぎりない。
 御蔵の川べりに生える松の名を「首尾の松」と呼んだのは、札差らが吉原での「首尾」を、この辺の舟で語りあったからだと、橋際の碑は伝えている。(全信労芝信従組 福田克巳)