■2006/08/21

  2006年度東京地方最低賃金審議会の意見
       に関する異議


東京労働局  
局長 奥田 久美 殿

                                  東京春闘共闘会議
                                  代表委員 堤  敬

1.この水準でよいのか
 東京地方最低賃金審議会は、本年度の最低賃金を1時間719円とする答申をおこないました。この答申は、中央最低賃金審議会の目安答申であるAランク4円の引き上げを1円上回り、現行の東京都の最低賃金、時間額714円に5円(0.70%)上乗せするものですが、地方最低賃金審議会の「自主性の発揮を期待する」とした趣旨を反映したものとは言い難いものです。そして何よりも、パート、派遣、契約社員など、1663万人に達し雇用労働者の33.2%に至った非正規雇用労働者の、生活改善を求める期待に応えたものとはなっていません。また、私たちが主張してきた、「今年こそは大幅な引き上げの実現」「生活保護費基準を上回る最低賃金へ」という要望には到底こたえるものとはなっていません。ましてや、そうした改善に向けたプロセスについての示唆もありませんでした。
 労働基準法は第1条で、賃金は「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきもの」、最低賃金法は「労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与する」(第1条)と記しています。
 答申された1時間719円では、「安定」どころか、生活を維持することもできません。いま、格差社会が問題になる中で、ワーキングプアと呼ばれる「額に汗して働いても貧困から脱出できない」人々の存在が注目されています。小泉構造改革が掲げた「努力した人が報われる」社会の実現ではなく、格差が拡大し、貧困とそれに基づく社会的な排除が顕著な社会が作られてきているのです。
 東京春闘共闘会議は、せめて東京都最低賃金を時間額1,000円に引き上げるとともに、最低賃金法で決められている月額・日額表示を行うことを強く求めるものです。労働によって得た賃金で生活できる社会の構築に向けて、最低賃金が「働けば生活できる賃金」として設定されることを強く望むものです。

2.生計費基準を明確に
 最低賃金法は、「労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び事業の支払い能力を考慮して定める」こととしています。この最低賃金法は、最低賃金に関するILO条約が支払い能力論を退けていること、類似の労働者の概念に違いがあることや、先進諸国がとっている全国一律の最低賃金になっていないなど、極めて問題が多い法律です。この法律にもとづいて審議が行われる上で、何よりも重視しなければならないことは「労働者の生計費」の問題です。
現在、07年の通常国会に向けて、労働政策審議会労働条件分科会のもとに最低賃金部会が設置され、検討が重ねられています。そこで出された公益委員試案修正案には、決定基準の見直しとして「生活保護との整合性」「地域における労働者の賃金」が記されています。
 東京都の12〜19才単身者の、生活扶助と住宅扶助をプラスしただけの生活保護費は、142,300円になります。さらに、生活保護を受けると、国民年金の保険料免除、上下水道料金の免除、NHK受信料の免除、JR通勤定期乗車券の割引などの援護が実施されます。一方、最低賃金を1日8時間、月22日労働で月額に換算すると125,664円で、ここから税金や社会保険料を差し引いた可処分所得はおよそ107,000円となり、生活保護水準に到達するには、月額で35,000円の引き上げが必要です。なお、公的な制度として民事再生法の個人再生手続きでは、単身者で23万円(公租公課負担修正・東京)の生計費が定められています。
 東京地方最低賃金審議会は労働者の生計費の基準というものについて示したことがあるのでしょうか。生計費の基準を明らかにして、最低賃金のあるべき水準についての真摯な論議と、実現に向けたプロセスの策定に着手することが必要なのではないでしょうか。
 最低賃金審議会が、労働者の生計費の水準を明らかにして、審議をやり直すことが求められています。

3.支払い能力論は、健全な経済とは無縁
 使用者側は、中央最低賃金審議会で「日本経済全体が回復基調にあるにしても、地域間や産業間、企業規模間、さらには同じ地域あるいは同じ産業の企業の間においても、景況感・業況感にばらつきがみられる」「設備投資計画においても、中小企業は前年度比がマイナスであり、単に現在のみならず、将来的な観点からしても、引き続き厳しい状況に置かれる可能性がある」と指摘し、「有額の目安を示すことは適当でない」と主張しました。この結果、今年の目安は使用者の「支払い能力」の枠内での決着となったとしか考えられません。
 また、中央最低賃金審議会の答申が、経営者側委員の論拠となっている「賃金改定状況調査結果」を重視したことは、現行最低賃金法の持っている最大の欠陥である「支払い能力」に立ったものであり、同時に、ABCDランクによる地方格差の導入が、さらなる格差を誘導することになることは明らかです。
 しかし、「通常の事業の支払い能力」について、先の最低賃金制度のあり方に関する研究会報告書は、「個々の企業の支払能力との誤解を招きやすい面があることから、決定基準の経済要素としては、生産性の水準や雇用の確保等といった趣旨が含まれることを明確化する必要であるとの意見があった」と指摘しています。最低賃金審議会にあっては、論議が個々の企業の支払い能力論に陥るのではなく、社会政策として、この国の貧困を克服していくための論議が必要なのです。

 今日企業の社会的責任が国際経済ルールの中で重要な位置を占めつつあり、ILOもデーセントワーク(人間らしい労働)の実現をめざしています。日本経団連も「企業行動憲章」第4版において、「公正、透明、自由な競争ならびに適正な取引を行う」、従業員に「安全で働きやすい環境を確保し、ゆとりと豊かさを実現する」ことを謳っています。そこでは、大企業が優越的な地位に乗じてはならないと強調するとともに、「取引先における法令遵守、労働安全衛生、環境基準などにも関心を持ち、それぞれが社会的責任を果たしていけるように努める」ことを求めています。また、下請法上禁止されている不当な買い叩き、受領拒否、返品、支払い遅延行為が起きないよう、法に十分留意するよう記しています。経済大国日本の実態が、重層的な下請け構造であり、中小・零細企業の企業活動に困難をもたらしていることは検討されているのでしょうか。

 アメリカでも最低賃金の見直し論議が行われ、その引き上げ額は2ドル(約230円)です。イギリスでは、昨年の0.2ポンド(約41円)の引き上げに続き、今年10月からは0.3ポンド(約62円)引き上げて、時給5.35ポンド(約1110円)にします。日本のような数円程度の引き上げがどれ程の生活改善につながるというのでしょうか。

 東京春闘共闘会議は、働けばまともな社会生活を営むことができ、夢と誇りをもって生きていけるよう、今年の最低賃金の審議をやり直し、最低賃金の再引き上げを要望するものです。