私たちの「街」 東京をとりもどそう

(IloveTokyo@ A B C D E )

 東京が発展する中で、革新都政といわれた頃を通じて、「東京に青空を」「ポストの数ほど保育所を」「15の春は泣かせない」と、医療、教育、福祉、環境など様々な面で、切実な要求実現のために都民の運動によって作られた制度や施策があります。それらが次々と崩されてきました。そして、1999年、石原都知事の誕生によって、都民のための都政は完全に姿を消したと言えます。

 都政は「勝ち組」のもの?

都政は人の暮らす街。

 東京に集中する大企業によって、東京都の法人税の収入は予想を上回っています。しかし、東京都は、国が構造改革の中で押しつけた都民の負担を軽くするためにこの財政を使うのではなく、オリンピック招致をテコに新たな大規模開発を進めるために使おうとしています。
 石原都政は小泉内閣の構造改革を先取りし、知事になった直後に「なにが贅沢かといえば、福祉」と発言したとおり、弱者は東京にはいらない、と言わんばかりの政策をすすめています。そうした中で、直下型地震や水害などへの対策は遅れ、三宅島の噴火による被災住民への支援も、石原知事は「甘えるな」と切り捨てています。

 東京は私たちのもの
 石原知事にとって東京は、大企業ための街であり、憲法改悪が成功したときの軍事拠点なのでしょう。そこには、庶民の生活や江戸の時代から伝えられてきた伝統や文化は存在しないのでしょう。
 東京は、生活の場です。都政は、そのためにあるべきではないでしょうか。来年は都知事選挙の年です。私たちが暮らし、働く東京を、私たちの手に取り戻しましょう。次回から、私たちの望む、私たちの東京について考えていきます。